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双子との日々

流産を経て、2014年に32週で生まれた双子ママのブログ。妊娠前、流産前後、双子妊娠中、双子育児の日々の記録。

最初の妊娠④ 2013年秋 流産

退院後も、家事全般は旦那に頼りっぱなし。
日中は一人なのでまた出血しないかビクビクして、
横になりながら旦那の帰りを待つ日々。

入院中よりも若干食べられるようになって、
つわりのピークが過ぎたかな?と少し光が見えてきた。

11週に入った頃、おりものに変化が。
出血の名残で出血の色が薄くなってきたのとは違う、
薄緑色のようなおりものが。
臭いも気になる。

その週の診察で、腟炎になっていると言われ、錠剤を入れてもらう。
これが、11w4d。

その翌日11w5d、うっすらと出血。
内診の影響??大量じゃないし…。
今日は旦那の帰りが夜中近くなるし、
明日も忙しいからタクシーで病院行くしかないか。
と思って過ごした日中。
トイレに行く度に、少量の出血。
夕方頃から、お腹が張っているような重苦しい感じに。
数日間便秘だったからそのせいとばかり思って、
便が出れば良くなると思って横になっていた。

ようやく旦那が帰って来て、寝る頃。
確か12時過ぎだった。
何かお腹の方でプチッと鳴ったような気がして、
出血した感じもありとりあえずトイレに行ったら、
かつてない量の出血!
止まらない…。
旦那を呼んでも聞こえず、必死でドアを叩いて知らせる。

やばい。病院に連れてって。

車に乗り、途中で、尿意がしてトイレに寄ろうかとも思ったけど我慢(結果的に我慢して良かった)。
病院に入る寸前、救急車に先を越される!
こっちも救急なんですけどー!!
救急外来での待ち時間が発生してしまった。
待つ間にも何か出したいような感覚がおさまらず、
トイレに行ったらまだまだ出血が止まらない。
こんなに出血して大丈夫なのか?というほど。
もう、赤ちゃんダメかな。
もしかして出血と一緒に出ちゃったかも。
と思っていた。
ようやく産婦人科病棟に連れて行かれ、処置開始。

何をしますとも言われないまま処置が進む。
何も掻き出されているような感覚。
そして時々エコーで確認してるな…。

エコーってことは赤ちゃん中にいるのかな?と思ったけど、
こんなに出血してて、赤ちゃん無事なんてないか、と思って、
流産ですよね?
と医師に聞くと、そうです、と。
この時は、涙は出なかった。

出血量がかなり多かったらしく、血圧が下がった私。
両腕に点滴され、尿管を入れられ、 定期的に測定される血圧計を付けられ…。

旦那が中に呼ばれ、流産と告げられ、
赤ちゃんと胎盤、見ますか?と聞かれたので、
二人で見せてもらった。
片手の平に乗るぐらいの、小さな赤ちゃん。
眠っているような、静かな顔。
ごめんね、としか言えなかった。
そして胎盤を見た後に気分が悪くなってしまった。

旦那にはそばにいて欲しかったけど、
翌朝も早いと言っていたから、
帰っていいよ、ちゃんと寝てね、と言って、
帰ってもらった。

次第に子宮収縮剤が効いてきたらしく、
キューーーッと絞られるような痛みに襲われる度に、
痛くて涙が出た。
悲しくて泣いていると思ったらしい助産師さんに、
泣いていいんだよ、気持ち溜め込まないでここで吐き出していいんだよ、と言われて、号泣。

やっと妊娠したのに。
切迫流産乗り越えたと思ったのに。
つわりも軽くなってきたのに。

11w6dで、ギリギリ、火葬はしない、死産届は提出しない、流産。
旦那が忙しいのをわかっていて、この日だったんだな、と思うとまた涙。

その日は、そのまま処置室で朝を迎えた。

赤ちゃんと胎盤は検査に回されるとのことで、
最後にもう一度、赤ちゃんを見せてもらった。
二度と会えないんだと思うとまた涙。


旦那は、朝、顔を洗いながら、悔しくて泣いたらしい。

なかなか妊娠しなくて荒れていた私にいつも、
大丈夫、大丈夫、と言ってくれた旦那。
妊娠発覚直後、嬉しすぎて知り合いに言ってしまった旦那。
入院中も退院後も支えてくれた旦那。

私は泣いたところを見たことがない。
そんな旦那が泣いたなんて。